年の瀬は、どこもかしこも忙しい。
緑の街のハース家もその例に漏れず、新年を間近に控えた台所は戦場と化していた。
コデッタ・シィルの不幸は、家主であるハース兄弟に手伝いを申し入れたところからはじまった。
「い、芋の身がなくなってる! って目を離した隙に煮物が! ……先生、芋剥き手伝ってくれるのはありがたいけど、自分が作りはじめた煮物ほったらかして芋剥きは間違ってる! もう、どこから怒っていいのかわかんない!」
「悪いことをしたね」
「お鍋ふいてるねえ」
「兄弟口そろえて暢気に言うな! もう先生はあっちで大掃除して……って、ちょっと待った。あんたこないだ掃除と称してリビングを本の樹海に……」
「ねえ、兄ちゃん。どこそうじするの?」
「折角だからぱーっと豪快に全部の窓を拭こうかなーっと」
「わあ、男前だ! 兄ちゃんがんばれー!」
「先生ちょっとま」
「あ」
「兄ちゃん、窓ガラスが外に落ちてったよ」
「手が滑ってしまった。やってしまったねえ」
「やっちゃったねー」
「こんの役立たず兄弟があああああああああ」
数分後のリビング。
コデッタ・シィルはその幼い顔に鬼の形相を浮かべ、クルト・ハースとスイ・ハースの役立たず兄弟を正座させていた。
「先生、スイ。あなたたちは……私が来るまで一体どんな風に年末年始を過ごしてたの?」
この二人が予定通りに行事をこなせていたとは、到底思えなかった。
年末年始どころか、日常生活をどういう風に送っていたのか疑問に思うほどクルト・ハースは家事に疎いのだ。
はじめて同席したハース家の夕餉が『エクストリーム』や『デンジャラス』としか言い表せないものであったことを思い出し、コデッタ・シィルの頬が引き攣った。
「どんな風って……お祖母さまが亡くなってからはずっとこんな感じだよね。」
「だよねえ。でもおぼろげな記憶を辿ると、ばーちゃんがいた頃の方が騒がしかったと思うんだ。ばーちゃんが料理して指切って、そのたびに兄ちゃんが魔法かけて治して。兄ちゃん魔法の使いすぎでヘロヘロんなってさ」
「遺伝なのか……」
どこまでも暢気なハース兄弟に、コデッタ・シィルは己の胃が捻じ切れるかと思った。
そんなコデッタ・シィルの様子に気付いているのか気付いて無視しているのか、おそらく暢気なこの兄弟は本当に気付いていないのだろう――スイ・ハースはのんびりと言葉を続ける。
「でも、ばーちゃん自分でお茶とか作ってたし、お料理そんなに下手じゃなかったんだよ。刃物の扱いがひどいだけで。兄ちゃんもなんか変な手順で作ってるけど、料理そのものはおいしいし」
「あーはいはい、それは認めます、認めますとも」
信じがたいことに、このノース・トユ行き当たりばったり人間ランキング上位三名に入りそうなハース兄の料理は美味しいのだ。何故か。
全くもって謎である。
コデッタ・シィルは、それ以上ハース兄の生態を考察することをやめた。
この人物について深く考えると頭が痛くなりそうだった。
「じゃあ……スイの料理は?」
話題を変えるために、話に出なかったスイ・ハースの料理の腕はどうなのかとコデッタ・シィルが問うと、クルト・ハースは断言した。
「大抵の場合、わたしより美味しいものが作れる」
「……じゃあ、なんでスイは、料理じゃなくて新年の挨拶状の宛名書きをしてるの?」
戦場と化した台所で、スイ・ハースは一人暢気に文字を書いていた。
料理云々以前の問題として、スイ・ハースの字は綺麗とは言いがたい。彼の字は七歳という年齢相応の子供の字だ。歪んだ『アノレガレーテ・マルニム』という文字をコデッタ・シィルが見なかったことにしたのは、つい先ほどのことである。
ハース弟が宛名係というのは、決して適した人選とは言えなかった。
「スイが宛名を書くと、隣国の恩師のお母上が喜ぶんだよ。あの人子供好きでねえ」
「はあ……」
子供好きはお前だろう。とツッコミを入れかけたコデッタ・シィルは、なんとか踏みとどまった。下手にツッコムと手が出そうだ。さすがに教師をノリで叩くわけにはいかなかった。
クルト・ハース本人はどつかれようが蹴られようが気にしないような気もするが。
コデッタ・シィルのヴァイオレンスな葛藤に気付かないハース兄は、
「あと、スイが加熱調理すると被害が出るから」
「……被害?」
あっさりと言うには不穏な言葉だ。
眉根を寄せるコデッタ・シィルだったが、ハース兄弟はやはり暢気に言う。
「炎上したし爆発もしたね」
「コンロに触れたとたん、どかんってねー」
「そっかー。はは、そりゃ景気がいいなあ。ははは……」
やけくそ気味に乾いた笑いを漏らす、コデッタ・シィルの顔色はあまり良くない。
彼は、自分をこの過激な家に放り込んだマルガレーテ・アルニムに対し、また一つ憎悪を募らせた。
2014年09月21日/前アップしてた気がしたんですが、更新ログにもサイト内にも見当たらず……。