Snowgarden ~時間の逆廻し~ss-03: 『魔法戦』下

「ああ、もう! 下手な鉄砲数撃ちゃあたる、その二」
 結局わたしは、地味に相手のミス狙いを選んだ。
 先ほどと違うのは、炎の棘だけでなく、氷塊、風刃、その他諸々、わたしのイメージが追いつくかぎり、ありったけの種類の攻撃魔法を同時生成したことだ。
 魔法の属性には得手不得手というものがある。たまたま男の苦手なものが含まれているなら、初手よりはましな結果が……もたらされることはなかった。
「消失」
 男が呟くと同時に、やはり魔法は掻き消えてしまう。
「うわあ!」
 なんて鬼畜な男なのだろう。多属性の平行起動はとても疲れるというのに。そんなあっさり消されるとむなしくてたまらない。
「一撃くらい受けてくれ!」
 怒りを込めて叫び、同時に氷塊を投げつけると、
「受けられるか!」
 男は飛び退いた。
 一瞬前まで男のいた場所が、わたしの魔法で凍りつく。避けられたが、これで終わりにするつもりはなかった。
「連撃」
 無数の炎の棘がわたしの望みどおり生まれ、男に追い討ちを掛かる。
「は……」
 何かを言いかけた男は、腰に佩いていた剣を抜いた。
 そして刃を一閃し、炎の棘を打ち落とす。そんな技、見たのははじめてだ。
「……出鱈目な技能だね」
「あんたほどじゃない」
 消し損ねた炎で、男は少し火傷を負っていた。忌々しげに、彼は焼け焦げた服の裾を払った。
 今の攻防で幾つかわかったことがある。
 一つ目は、男が魔法を短いスパンで連続して行使できないことだ。ニ撃目を放った時、男の周囲に魔力が集まったが、それが発現することはなかった。構成が間に合わなかったのだ。構成後の発動は極めて早いが、構成そのものはやはりそんなに早くは無い。
 二つ目は、のんきな魔法戦からもわかるように、男には本気でわたしを殺す気がないことだ。
「君は中々やる気が無いね?」
 彼の本質は間違いなく剣士だ。魔法使いのわたしでも、先ほどの一閃で彼の技量はわかる。さっさと剣を抜かなかったのは、わたしへの手加減だ。
「ハースは殺したくなかった」
 男はばつが悪そうに呟いた。
「俺の役割はヴィルフリート・ケーニヒが倒れるまでの時間稼ぎでよかった。しかし、」
 男は視線を他所に向ける。わたしは見なくてもわかっていた。男たちのうち二人は地に伏せ、残りの一人もヴィルフリート・ケーニヒにおされている。
「あんたがハースなのはわかっていた。ノース・トユ王都にいる魔法使い。ヴォルフガング・ハースを大叔父と呼ぶ魔法使い。そもそも、ノース・トユにはまともな魔法使いが、クルト・ハースしかいない」
 ナティルの丘では、そういう認識なのか。
「しかし、俺は甘かった」
「こうやって、内情をペラペラ喋ってしまうところもね」
 揶揄すると、男は表情を歪めた。
「仕方が無い。リュートリアも、ナティルも、ハースへの恩は捨てきれないんだから」
 男の言葉を受けたわたしは、複雑な気持ちになる。ノース・トユでは罪科もちとされるハースに、他国の者は感謝を口にする。
「感謝されるのは、嫌な気分だね」
「そうか、あんたは……」
 瞑目した男が、何と続けようとしたのか。紡がれなかった言葉の先は、わたしにはわからない。
 彼は静かに剣を構えた。
 もう、そこには先ほどまでのやる気のなさは残っていない。張り詰めた殺気は、真っ直ぐにわたしに向けられている。
「あんたを倒して、仲間に加勢する」
 いきなり斬りつけてこないあたり、この男もケーニヒと同じように律儀な性質なのかもしれない。愚かだ、ともいえる。しかし、わたしにはそれが好ましく映る。卑怯者のわたしは、そのような捻じ曲がっていない気質を少し羨ましく思ったのだ。

「じゃあな」
 言葉と共に、男はわたしに斬りかかる。
 確実に急所を狙った一撃。
 が、わたしはそれを避けようともしなかった。
 真正面から十二枚の風の刃を放つ。
「邪魔だ」
 男の振った剣により、刃は全て消された。が、それは勿論予測していた。わたしは稼いだ時間で、防護の結界を強化していた。
「そんな結界が通用するとおもうな!」
 男が叫んだ瞬間、光の壁が消える。男は口の端を吊り上げ、わたしに剣を振り下ろした。
 しかし、消えた壁の内側にはもう一枚、更に結界が展開されていた。
 男が目を瞠る。二枚目の結界に刀身が触れた瞬間男は叫んだ。
「! 消えろ」
 一枚目と同じように、結界がふっと消えた。しかし、タイミングが遅れたために男の分解魔法は出力が足りず、消された結界は一瞬で再生する。一拍の間を置き、更に分解の力が集まり始めたが、もう男の魔法は力を示すことができなかった。
 再生しきった結界は剣を取りこみ硬化する。その上に重ねがけした魔法の炎が、刀身を溶かし崩していく。
 熱され溶けた剣の飛沫は三枚目の壁が防いでくれた。
「っ」
 溶ける剣から手を離した男に、結界の魔法と同時に行使していた炎の棘が襲い掛かった。
 男は魔法を使わず、飛び退り避けた。分解魔法を行使する余裕が無いのだ。
 絶え間なく放たれるわたしの魔法を男はかろうじて避け続けていたが、やがて避けきれず腕に受けた。
 手ごたえを感じた瞬間、更に杖に魔力を込める。杖の先からバチンと音がして、男のからだが跳ねた。
 声も無く崩れ落ちた男には、意識が無かった。
「つ、かれた……」
 小技を放ち続けたわたしの精神は、激しく消耗していた。大技一撃の方が明らかに楽だ。
 正直、わたしもこのまま倒れて眠ってしまいたい。

 というわけにもいくまい。
「温い戦闘だったな、クルト・ハース先生」
 わたしの戦いが終わった頃には、ケーニヒもまた、あっさりと片をつけていた。
「巻き込まれただけの人間に、中々酷いことを言うね、君は」
 ケーニヒのとばっちりだったというのに、何故そのケーニヒに嫌味を言われなければならないのか。
「やはり、俺が目的だったのか?」
「そうみたいだよ。そこの彼はペラペラ喋ってくれたけど、そちらの三人は無口だったのかい?」
「ああ」
 どうやら、暗殺者失格なのはわたしが相手した彼だけのようだ。
 ケーニヒは冷たい眼差しで、男達を睥睨した。
「まあ、これから喋ってもらうことになるが」
 ケーニヒが口にしそうな内容は予測していた。が、想像以上に冷淡な声音に、わたしの肌は粟立った。
 彼らはこれからどうなるのか。むしろ消滅させていた方が慈悲だったのだろうか。
「クルト・ハース先生。敵に同情するな。死ぬぞ」
 気付けば眉根を寄せていたわたしに、ケーニヒはやはり忠告した。
 言葉にしなくても、彼はわたしの内心を正確に読んでくる。正直、わたしのことを誰よりも理解しているのでは、と思わなくも無い。正解だとすると、とても嫌な事実だが。
 ケーニヒに命じられ、黙々と彼らの魔法を封じるうちに、ナティルの暗殺者達は目を覚ました。
「……あんた、魔法の構成に呪文はかえって邪魔なんだな。呪文を使うのをやめてから、速度があがって平行数も増えた」
「ハースの魔法は精神を軸にした魔法だからね。コツさえ掴めば思考と同じ速さで願うままにいくらでも構築できる。あまり大きな魔法だとさすがにムリだし、構成が早くても、発動のタイムラグはどうしても埋められないけど」
 思考より早く、言葉を口にすることは出来ない。呪文が邪魔だというのは、つまりはそういうことだ。ただ、イメージを固め、魔法の効果に安定性を持たせるには、やはり呪文は有用だった。緻密な魔法であればあるほど、呪文無しで構成することは精神に負担がかかる。
「それよりも。君は最後まで、わたしを殺す気はなかったね?」
「そうでもない」
 彼は否定する。
 短い言葉には、強固な意志がこもっていた。
「そうか。ならそうなのかもしれない」
 わたしは納得したふりをした。

 数日後、わたしはヴィルフリート・ケーニヒの来訪を受けていた。
 先日の暗殺騒ぎの報告を聞いたわたしは、
「つまり、彼らはユーダ・ウェズの失脚を狙っていたと?」
 要するに、ナティル宗家ウェズに反発する一部の人間が、宗主ユーダ・ウェズの陰謀に見せかけてノース・トユとの協定を破ったということらしい。
「なんて穴だらけ、短絡的、そして迷惑な事件なんだ……」
 よりにもよって王弟の暗殺を狙うとは、下手すればウェズの失脚どころか、ノース・トユとナティルの丘の戦争になりかねない、かなり危険な状態だったわけだ。
「首謀者は、十八の子供だったらしい。それを聞いて納得した」
「それはそれは……。無鉄砲で考えなしも頷けるか。でもね、それとは別に、同い年の人間を子供と言い切る君に突っ込みを入れてもいいだろうか」
 ケーニヒの返答は、冷たい目線という形で返された。
「とりあえず、ナティルの丘からいろんなものをふんだくってやることにした。ある意味、連中の目的は果たされたといえるな。ユーダ・ウェズはこれから大層苦労することになるだろう」
 暗い笑みを浮かべるヴィルフリート・ケーニヒは、実際のところかなり彼らに怒っているようだ。浅い考えで命を狙われたのだから、当然といえば当然の反応だった。
「まあ、外交のことはよくわからないけど、あまりえげつないことをして、周囲に悪影響を与えないようにね」
 ケーニヒの部下には、歳若い少年少女が含まれている。彼らがケーニヒの手腕に染まる姿はあまり見たくない。

 わたしは、ケーニヒに伝えられたこと以上のことを聞き出そうとはしなかった。
 実行部隊の彼らがどうなったのか、十八歳の首謀者がどうなったのか。そして、何故近頃ケーニヒがわたしへの態度を軟化させたのか、忠告を与えてくれるようになったのか、あの時三人もの敵を受け持ってくれたのか。それらの全てを聞けなかった。
 怖くて聞けなかった。
「……敵に同情してはいけない、なんて、そんなの」
 ケーニヒが帰った後、閑散とした空虚な部屋に響いた言葉は、ケーニヒに言っているのか、自分に言い聞かせているのか、わたしにもわからなかった。

2010年10月11日/本編のケーニヒは十七歳なので、もうちょい後の話です。実は。

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