星灯たちの諧謔曲

闇夜のカデンツァ【怪しいランプ】002

 魔術道具と呼ばれるものはおおよそ三種に分けられる。
 一つ目は魔術の行使に使う道具。一部の魔術師達の持つ杖や、占い師の水晶玉やカードなどがこれに含まれる。
 二つ目は、それそものが魔術の補助を受けた道具。遠見の魔術がかかったメガネや、切れ味上昇の魔術をかけられた包丁などが有名である。―ー包丁に関しては事故も多いが。
 三つ目は、持ち主が魔力を注ぐと、魔術に似た効果を発揮する物のことだ。たとえば魔術師の家庭に普及している、魔術式焜炉などがこれにあたる。正式には【刻印式魔法陣】と呼ばれる分野の技術である。
 知人の話によれば、今回サミが調査すべき非正規魔術道具は三番目に属する。



 知人が言ったように、サミは【紫の理の会】でそれなりに歓迎された。
 目的と身分を告げた瞬間、胡乱な目つきだった受付の魔術師が表情を輝かせ、『え? タダ? ラッキー』とつぶやいたことは聞こえなかったことにする。
 受付に呼び出されてやってきた、道具解析担当のイサークという名の魔術師にサミは保管室に案内された。そこで見せられた非正規魔術道具は、何の変哲もないガラスと金属で作られた吊り下げ式ランプだった。
「えーっと、これが、そうなんですか?」
 サミはランプを手に取り戸惑った。【刻印式魔法陣】が刻まれた魔術道具は、大抵呼び水としての魔力を放つものだが、このランプからは何の力も感じられない。説明されなければ魔術道具だとは思いもしなかっただろう。というより、これはそもそも、魔術道具なのだろうか?
「……つまりは、魔術道具の基準に満たないものが、魔術道具だと偽って販売されている詐欺事件ということでよろしいですか?」
「そう思うでしょ? でもハズレです」
 若い魔術師は、首を振った。
「僕も最初、『普通の道具が魔術道具として売られてた。一応解析しろ』って持ってこられたときは、あなたや持ち込んだ魔術師の言うように、魔術道具でないものが魔術道具として流通してるのかなーと思ったんです。でも、解析してみたら違うんですよねー」
 イサークはサミから受け取ったランプを裏返し、底を見せた。そこには魔術文字で短い語句が刻まれていた。文字列は出鱈目で意味を成していない。
「ここに文字があるでしょ? 発動の意志がなくても、この滅茶苦茶な呪文を告げるだけで魔術が発動するんですよ。更に、ランプ自体はご覧の通り魔力を持たないのに、魔力が全くない人間が文句を読み上げても同様に発動しちゃうんですよね、何故か」
「え?」
「驚きますよね。もちろん魔力有り、魔力無しともに複数の被験者で実験しましたが、十割成功しましたよ。うち、魔力がからっけつのくせに魔術師を名乗ってる奴が結構いますからねえ」
 後半で魔術師の派閥としては致命的なことが暴露された気がするが、そのランプの仕様があまりにも非常識で、サミの思考はそちらに釘付けになっていた。
「ええと、要するに、魔力不要の魔術道具、ということですか?」
 魔力を込めずに働くということは、場合によっては無から動力を取り出していることにもなりかねない。そんなこと有り得るのだろうか。サミは魔術師の言葉を素直に信用することができず眉をひそめる。
 そんなサミの反応を、イサークは予想していたようだ。
「はは、当然信じられませんよね。実演するので見ててください。仕事柄、魔力の制御は得意なんで、無魔力者を装います。魔力の流れを良く見ててくださいね」
 サミの返事も待たず、イサークは呪文を唱える。本人が言ったとおり、サミの目に魔術師から魔力が流出する様子は一切映らない。
 数秒後、ランプは煌々と輝きだした。
 イサークがもう一度言葉をつげると、灯りは音も無く消えた。
「…………」
 目の前で実演されてなお、サミは信じられず――いや、信じたくなくて食い下がる。
「……魔術には関係ない、工業国エランドルタ製の機械式ランプってわけではないのですか?」
「機械式ならそれこそわかりやすい動力が組み込まれてますが、隅々まで分解してもそんなものはありませんでしたよ」
 イサークが手早くランプを解体していくが、中にはただ空っぽの空間があるだけだ。
 正に種も仕掛けも無かった。
 サミは、ようやく魔術師の言葉を信じた。信じざるを得なかった。
「すっごいですよね!」
 イサークは興奮気味にこぶしを握り締めた。
「使い手を選ばない夢の魔術道具ですよ。この技術を再現して魔術の資質がない人間相手に商売したら、【会】も僕もがっぽがっぽでうっはうはですよね。うまくいけば【守銭奴】の覚えもめでたく……。爆誕、うはうはイサーク御殿への第一歩ですよ」
 イサークは爽やかに笑うが、言葉の内容は全く爽やかではなかった。
 むき出しの欲望に当てられて、サミは一歩後ずさる。
 昨日知人が【会】の方針は『面子よりも金』だといっていたが、しっかりと職員にも浸透しているようだ。サミが今まで見てきた魔術師は、十中八九【十二真理の盟友】のようなガチガチの研究肌だったので、こういうノリは新鮮ではあるが、それ以上になんだか怖い。
 サミの表情がひきつっていることに気づいたイサークは軽く笑って誤魔化した。
「大丈夫ですよ。あなたが捕まえてきてくれる犯人と、技術の権利については交渉しますから! 盗作はしません!」
 別にそんなことは全く危惧してなかったが、サミは訂正しなかった。下手にこの話題に食いつくと、イサークと一蓮托生で泥沼に沈んでいきそうな予感がしたからだ。
 イサークの勢いに流されないように、サミは話を戻した。
「そのランプについて、販売していた魔術道具店は何と言ってましたか?」
「あー、その辺の調査は全く進んでません。別の魔術師が担当するはずだったんですけど、そいつ、やじゅ……高位魔術師に巻き込まれて急遽出張することになっちゃいまして、人的被害がないこの件は後回しにされてたんですよね。正直、あなたが来てくださって本当に助かりましたよー」
 イサーク自身は、急ぎの解析が溜まっていてそれどころではなくて。と遠い目をして肩をすくめた。
 彼の視線の先には、サミの目には何かよくわからないが魔力を放つガラクタが大量に転がっている。
 もはや山と呼んでも間違いではないそれが、イサークの解析を待つ急ぎの魔術道具なのだろう。
「酷い量ですねえ……」
 確かに、これでは調査どころではないだろう。サミがなんともいえない表情を浮かべた瞬間、イサークが突如爆発した。
「酷いですよね!」
 きっとサミは、イサークの何かのスイッチを入れてしまったのだ。イサークは、鬼気迫る表情でガラクタをひとつずつ指差して叫ぶ。
「あいつにも、こいつにも、どいつにも、あれも、これも、それも、解析しろって気軽に持ってこられて、もう、僕、三日寝てません! たぶん、あと七日は寝られません! あれらの解析を終わらせたら、ランプに取り掛かってうはうはイサーク御殿への第一歩が始まる、それだけを励みに生きてるんです!」
 仕事してるんです、ではなく、生きてるんです。と言う所に、イサークが体力精神ともに限界を迎えつつある様子が見て取れた。
 サミは言葉を失った。【紫の理の会】はブラックすぎた。【魔王】の仕事程度で人使いが荒いなどと感じていた自分に何が言えよう。しかし悲痛に叫んだイサークを放置することも出来なかった。彼が今まで押し隠していたスイッチを入れてしまったのはサミ自身でもある。責任感に駆られ、何とか励ましの言葉をかけようとした時、保管室の扉が開いた。
 行動を遮られたことに対する二度ネタ的な既視感と、この部屋の扉が開くことへの嫌な予感がサミの背筋を駆け上がった。
 部屋に入ってくる大きな箱を抱えた魔術師の姿が視界に映り、サミは戦慄した。彼の来訪は今のイサークにとって毒過ぎる。アレは例えるなら暗殺者、そう、イサークに差し向けられた死神だ。
 なんとか一分、いや、三十秒。あの魔術師を足止めし、イサークの精神状態を数分前の状態にリセットできないものか。そうしなければイサークにとどめが刺さる。
 とにかく、箱の魔術師からイサークの意識を逸らし、ポジティブな方向に持っていこう。
「あの、イサーク! 私、あなたのうはうはイサーク御殿を応援して、」
 サミは懸命にイサークに語りかけたが、それにかぶさるように、
「おーい、イサーク。こいつも解析しといてくれー」
 にこやかに告げられた言葉と、置かれた荷物を認識したイサークが、儚い笑顔を浮かべ、へなへなとくずおれた。



 イサークの最後の言葉は『学生街西地区、――魔術、道具……店。ぐふっ』だった。
 蘇生は箱の魔術師に任せ、サミは【紫の理の会】の出口へと向かった。
 サミの励ましなどよりも、きっとイサークは事件の早期解決を望んでいる。それを確信していたからだ。
「必ずこの事件を解決して、あなたをうはうはイサーク御殿へと導いてみせます」
 エントランスで悲壮な決意を吐き出すサミを見て、通りすがりの魔術師達が耐え切れずに失笑したが、幸いなことに本人は気づいていなかった。