白花の廻りたからもの

 その日マグノリアと名乗る白い髪に紫の瞳の青年はリコルアの街についた。容姿に北の民の特徴が濃い彼は、まだ少年の面影を残している。故郷を焼かれ南に逃れたマグノリアは、特にあてもなく大陸中を見聞する旅の最中だ。
 この日の彼はいつもとは違い、大通りに面した落ち着いた趣の宿を選んだ。旅人向けとしては、高級宿の部類に入る。
 懐に余裕がある時は、こうして少し良い宿に泊まることもマグノリアの旅の楽しみの一つだった。
 宿が良いということは、設備が清潔に保たれている。何よりも重要なことは客層が良いことだ。ならず者の宿泊客がいないので、犯罪に巻き込まれる率が非常に低い。本来ならいつでも動けるように、例え部屋の中でも剣をはなさず荷物を手放すような真似もしないが、この時に限り警戒心を捨てたマグノリアは床に荷袋を置き、布で包まれた貴重品入れを取り出した。
 その小さな包みを抱え、寝台に腰を下ろしたマグノリアは上着を脱いで膝に掛けた。包みを解くと、精緻な彫刻が施された小さな箱が現れる。これはマグノリアが旅の中で手に入れたお土産、所謂宝物を入れる箱だった。旅人の身の上、大きな荷物は持ち歩けない。せめてこの箱に入る分だけの思い出を詰め込もうと決めたマグノリアは、こうして警戒の要らない場所に来るたびに中身を厳選し更新しているのだ。
 蓋をあけ、おもむろに一つ一つ中身を取り出していく。

 最初に出てきたものは、複雑な刺繍が施された布だった。手に入れたのは魔法使いが住まう常闇の街だ。何でも聴きたがるマグノリアに気をよくしたローという魔法使いが記念にとくれた。何でも、魔法使いはこの布を触媒にすると、魔法が安定するのだとか。もちろん魔法使いではないマグノリアにとって、この布は宝の持ち腐れだった。だが、鮮やかに施された刺繍は純粋に工芸品として美しい。それにこの品を見ると、ローとの思い出がよみがえる。人との繋がり。思い出こそが宝物の本質だと知りつつ、この品に関しては形もまた本質だとマグノリアは判断している。

 祖を同郷に持つ青年が、祝福と共に与えてくれた懐かしい形の護符。
 水門の街で、迷子と一緒に見た、暁星に似た光る石。
 手に取るたびに、様々な感情が去来する。
 手放せないものがずいぶん増えたと、マグノリアは思う。
 中でも一番手元に置いておきたいものは。

 最後に取り出した、茶色く染まった布。まだこの地に来てすぐ、街さえ見付けられていなかった時。そう、故郷を失った絶望が深かったころ止血に使った布だ。あの時マグノリアは山道で滑落した。もう自分の命などどうなっても構わないと思っていたはずだったのに、深手を負ったと思った時、体は自然と己への手当を施した。たまたま通りかかった地元の少年が差しのべてくれた手をとることを躊躇わなかった。
 そしてその布でくるまれたものは剣用の砥石。これも少年に連れられた街で真っ先に手に入れたものだ。剣と保存食と水入れ、通貨ではなく石のついた指輪。そんな最低限のものだけをもって滅ぼされた故郷から逃げ出したマグノリアが、最初に手に入れるべきと判断したもの。それは生死に直結する、得物を整える道具。
 無意識にそれを選択した意味に気づいたとき、マグノリアは自分の本音の一つを知った。勿論それは本音の一部でしかなかったが、彼は死にたくはなかったのだ。
 この旅で手に入れた最大のたからものは、おそらくその自認だった。
 生きているのが辛いと感じることと、死にたいと願うことはまた別の話だ。マグノリアは辛くても、まだ生きていたい。いつか故郷に帰り、眠る人々に彼らがみられなかったものの話を語りたい。
 それを、布と砥石を見るたびに実感する。

 砥石を買うために指輪を換金してくれたのは、件の少年だった。後に知ったが、明らかに相場より高く買い取られていた。随分お人好しな恩人に会いに行くのもいいかと、彼の住まう北をおもう。それは、故郷の方角でもあった。
 次の目的地を定めたマグノリアは、宝物たちをしまい始める。今は、この街で新しい宝物を探すことに専念しよう。彼の表情は旅を始めたかつてのものとは違い、明るかった。

2020年11月21日(ペーパーウェル05)/2020年12月27日(サイト掲載)

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