色とりどりの服を着て街道を歩いていく人々を、僕は車上からのんびり眺めていました。
大勢の人達は、概ね僕たちの向かう先、東のほうへ流れていきます。
「……あっちって、何かあるんですか?」
僕が乗せて頂いている馬車の御者は、ああ、と頷き、
「旅人さんは知らないか。向こうの国で建国祭があるのさ。何周年かは俺も他国人だから良く知らないがな。この人らは建国祭の為に、国に帰る人たちさ。旅のうちから明るく楽しく、そういうもんだってさ」
「へー……」
ひらひらと綺麗な服を着て歩いていく人々の表情は明るいです。お祭への期待と、国への愛が溢れれている、そんな様子でした。彼らは旧知の者でなくても、同郷の人には気軽に声を掛け、親しげに挨拶を交わしてゆきます。
……いい光景だと思います。
「何憧れ入った目で見てるんだい、旅人さん……名前は?」
「マグノリアです」
「うん、マグノリアさん。あんたの国じゃあこういうお祭は無かったのかい?」
彼の言葉に、僕は故郷のことを思い出してみました。
厳粛な冷たい空気を記憶の中で探り当て、
「……あんなふうに明るい雰囲気のものじゃなかったですね。建国の歴史は血の歴史でしたから。鎮魂の祈りを捧げ、粛々と過ごすのが普通でした」
物心ついたときから、祭りというのはそういうものでした。
家族同士でもほとんど口を利かず、教えられた祈りを一日捧げ続ける、そんな儀式。
ほかにもいくつか祭りはありましたが、大体は建国祭と同じようなものでした。
「……そういうお国柄もあるんだねえ」
「静かなお祭も悪くないですけどね」
僕は小さく笑いました。実際落ち着くものではありました。元々静かな国ではありましたが、更にそれ以上の静寂に包まれるその日は確かに特別な日だったのです。
冬、降り積もる雪の日。火も起こさず祈り続けるその日。冷たい空気が、身を切られるような冷気が、でもとても心地よく、自分の心も雪のように白く、氷のように透明になっていくような錯覚。
雪は逝った人々の魂なのだと、誰かが囁き冷たい手で僕の頬を撫でた感覚。
故郷への想いが表情に出ていたのでしょう。
「旅に出ても、やはり故郷は大切なものなんだねえ」
しみじみと呟く言葉に、僕は頷きました。
「ええ、羨ましかったんでしょうね。故郷に戻れる人たちが。故郷を愛せる人たちが……」
僕の浮かべていた「憧れ」の正体はそんなものでした。
もう誰も祈るものも無く、建国を祭る人もいない僕の国の冬。
それでも、雪は降るのでしょう。
新しく逝ってしまった人々の魂の数だけ。
(2009年04月18日 別サイトより転載)