「たとえば、星に願いを掛けたとして、その願いは叶うと思うか?」
いきなり、エルタはそんなことを言う。
(星に願いを、ときたか)
これが夜空でも見ながらの問いなら、ループ・シィもそのシチュエーションに納得したのかもしれないが、あいにく今は真昼間で、立ってるのは大通りのど真ん中だ。がやがやと無駄にうるさい場所で、さんさんと輝く太陽の下何を言ってるんだとループ・シィは眉を顰めた。
前からエルタはとんでもないドリーマーだと思っていた彼女だったが、これは酷いと改めて思う。
ループ・シィが心底呆れているのが伝わったのか、エルタは頬を膨らませた。
拗ねている。
「16にもなってそんな顔して拗ねるな、子供か君は」
と本心のままループ・シィが言うと、
「16なんてまだ子供だし」
と、エルタはかわいくないことを返す。
(まあ、そりゃそうなんだが。そうなんだがなあ)
「本当かわいくない子だね」
と憎憎しげにいうループ・シィの言葉は、実のところ嘘だ。
本当はかわいくないところがかわいいと思っている。
本人には言わないのだけど。
「それで、なんでいきなりそんなことを?」
聞くと、エルタはやっぱり膨れっ面のまま言った。
「質問に質問で返すな」
と。
それは至極もっともな言い分だな。とループ・シィは認めた。
(だが、)
とループ・シィは思案する。
(本音で返していいのだろうか、さきほどの問いに)
彼女の思考など、常に夢も希望も無いものだ。
当然、先ほどの問いに返す答えも、ズバリ一刀両断であることは疑う余地も無い。
エルタとループ・シィの付き合いは長いというわけではないが、短くも無い。
お互い言いそうなことなどわかっていそうなものだが。
まあ、肯定してほしいならわたしになど聞かないだろう。と結論に至ったループ・シィは、思ったことをそのまま口にした。
「叶うわけないだろう」
ああ、あっさりだ。
と自分でも思うような声音だった。
「やっぱり、そういうと思った」
エルタはがっくりと肩を落とす。
(なんだ、肯定してほしかったのか、ならやはり人選を間違ったな)
などとループ・シィが冷血なことを考えてると、肩を落としたまま、エルタはぽつりぽつりと口にした。
「どんなに努力しても、叶わない願い事がある」
小さな、途切れがちな声だった。
「だから、神頼みでも、何でも、出来るものはなんでも試してみたくて」
かすれる声で、エルタは続ける。
「夢見るくらい、自由だし」
落ちた彼の肩は震えていた。
切実な思いを吐露するエルタを見て、ループ・シィはその願いが何なのかわかってしまった。
それを、あっさり切り捨てるであろうことがわかりきっている彼女に聞いた理由も。
「ああ、つまり、君はわたしに生きてほしいのか」
それは本当に、叶うことの無い願い事だ。
何処にいようが、何をしていようが、刻限が来るとループ・シィは自動的に消滅する。
『意思のある精霊のなんとかかんとか』という妙に長ったらしい、当事者でさえ正式名称を覚えてないような妙な実験で、戯れに作られた人工生命体とはそんなものだった。技術流出の防止という名目で、決まった寿命が設定されている。
人工精霊『LOOP-C』の寿命はもうそんなに長くは無い。
それを認めていたはずのループ・シィは、しかし俯くエルタの姿に別の感情を募らせていた。
その感情が何なのか自覚する前に、彼女は、彼女には珍しく意味の無い言葉を口にしていた。
「じゃあ、一緒にここから逃げるかい? 生きる方法を見つけるために」
―― ただ、死を待つだけの現状から。
(逃げたところでどうなるというわけでもないのだ)
(だが、夢見るくらいは自由なのだ)
(君の言葉で言うならば)
(それくらいは許されてもいいのだ)
今までの彼女ではありえない言葉がぐるぐると頭の中を過ぎっていた。
そしてそれは、かつてどうしても出せなかった疑問の答えでもあった。
当初は自分が生きている実感すらなかった。ループ・シィはそういう風に作られていた。
(そのわたしがこんなことを考えるなんて―― 夢見がちな君に毒されて、多分わたしは、ヒトになったのだろう)
まあ、普段が一刀両断なあたり、なりきれてはいないのかもしれないが。
きっとそれはこれからの課題なのだろう。
今度はエルタが呆れる番だった。
「嘘つきだな。そんな方法見つからないって知ってるくせに」
でも、ループ・シィを嘘つきと詰るエルタの手は、彼女の腕を掴んでいる。
視線は、街の外に向いている。
それは、真実より明確な彼の意思だ。
「まあ、夢見るくらい自由だし」
エルタが言ったことを、ループ・シィも声に出して言った。
その表情は、彼女が今まで浮かべたことの無い、穏やかで晴れやかな人間らしいものだった。
(2009.03.23改稿)