記憶の箱庭遠き時代の走り書き

 ウェインリート家で家督争いの潰しあいが始まったのは何時だったのか。
 ローナフェレトのそんな疑問に一つの答えを与える資料が書庫の奥から発見された。それは、彼の夢が破れ、イアリーク少年を探し始めてから数年後のことであった。

 黴だらけの紙に記された読みづらい文章によると、遊牧時代にウェインリートの本家は一度全滅しているらしい。
 現在などとは比べ物にならないほど、かの時代のウェインリート一族は血気盛んだった。代替わりの時期など、一族内で寝首を掻き合い、殺し合い、決着が付いた後も粛清の嵐が起こり、正に地獄のような様相を呈していた。
 そんな時代が続く中、とうとう来るべき時が来たというべきか。ある時、楽しい殺し合いが最高潮に達し、前当主、現当主、そして本家筋の全員が全滅したというのだ。最終的には現当主の五男と前当主が一騎打ちで相打ち、だったそうだ。
 あまりに酷い顛末に、当時のエディール王がもみ消すことにしたと走り書きがあった。表に出る記録にこの事件が全く残っておらず、現在知る者が皆無であったのは、そういう事情があったらしい。おそらく数代がかりの隠蔽工作だ。エディール王達の心労を思えば、ローナフェレトの胃もちくちくと痛む。
 エディール王は、ウェインリート分家の者たちを呼び出し『殺しあうのはいいが、必ず一人は生き残らせろ。次に全滅したら自分の親戚筋を送り込み、直轄地にする』と脅したらしい。
 ウェインリート分家は話し合い、最終的に『現当主の子全員で勝者を決める。全滅しないように必ず現当主が監督すること。勝ち残った者に一族全員が精霊の面前で忠誠を誓い、また勝者も敗者を鞭打たないと誓うこと』という決まりが制定された。戦いから逃れられなかった辺りが、ウェインリート一族の限界だったと思われる。
 ウェインリート家最大の醜聞だと思っていたフォルレートとアルークの殺し合いなど、全滅に比べればお遊びのようなものである。大醜聞だと感じていた事件がまだまだ甘い状態であったことが判明し、ローナフェレトはげんなりした。元々闇に葬り去られた出来事である。この資料を抹消し全て忘れるべきかと考えた。
 そもそも、自分がイアリークの手がかりを探すために書庫を片付けなければ、こんなものは明るみに出なかったのだ。

 そんなローナフェレトを止めたのは、続く記述にイアリークの名前があったことだ。
 筆跡も鮮明さも違うその文章は、後世のものが書き足したのだろう。文法や使われている単語の綴りからも、随分時代が下ったことがわかる。つまり、圧倒的に読みやすかった。
 時を経るうちに、再び家督争いが殺し合いに傾倒し始めたこと。
 殺し合いのさなか、当主の子息イアリークがとある遺跡に逃げ込んだこと。
 ローナフェレトも知るように、彼が遺跡から出られなくなったこと。
 それを嘆いた彼の兄が、自ら退くことが出来るようにルールを書き換えた。そもそも勝利条件には『勝ち残ること』と制定されているが、一言も『生き残ること』とはかかれていない。殺す必要は無いのだと懇々と説かれるようになったのは、彼の代からだということ。
 それらのことが追記では淡々と述べられていた。
 その恩恵に授かった覚えが大いにある現ウェインリートの者として、ローナフェレトは資料を処分できなくなった。
 補佐に回れなければ、そもそも決着が殺し合いでしかつけられなかったならば。自分は一体どうしていたのだろう、どうなっていたのだろう? ここに記された時代がなければ、そのようなことが現実になっていたかもしれなかったのだ。
 彼の現在の平穏は、前人の嘆きの上に立っている。どうしてこの事実を無き物にできようか。
 そしてローナフェレトは前回追記した者に倣った。
 その資料の余白にウェインリートの現状とイアリークの解放について数行書き加え、書庫の奥、元あった場所にひっそりと隠したのだ。
 
 話は戻るが、冒頭の疑問に対してこの資料が提示した解は、『時の彼方、我らが遊牧生活を送っていた時代には既に』というのが妥当なところであろう。
 今回ローナフェレトが付け加えた記述も、いつかの時、誰かの疑問に答える日がくるかもしれない。

2016年11月14日 | 王に一族が逆らえない話もそのうち。記述者のうち字が一番綺麗なのはロナ。

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